万年金欠病からの脱出を夢見てアフィリエイトを始めた。

アフィリエイトを始めた頃の話を書いています。

 

私は、先に、好きな商品があり、それを紹介するためにアフィリエイトを開始しました。

 

こんなものがあることを他の人にも伝えたいと望んでいたのです。

 

ですが、私がアフィリエイトを始めたのは、単にこの商品を口コミしたかったからだけではありません。人に紹介するだけなら、別にアフィリエイトリンクを貼らなくてもできることです。

 

いつもお金がなかったので、アフィリエイトをしてお小遣いを稼ぎ、家計の足しにしたいという気持ちがありました。

 

 

お金のない専業主婦とは私のこと

 

どちらかというと、お金がほしい気持ちのほうが強かったです。といっても、何が何でもお金が必要だ、というところまではいってませんでした。

 

アフィリエイトを始める前の私は、時々派遣や在宅で仕事をして、子どものお小遣い程度のお金をもらっていましたが、ほぼ専業主婦でした。

 

稼ぎのとても少ない主婦でしたが、わりとのんびりしていました。

 

もし、とことんお金がなくて、このままでは餓死してしまうほど切羽詰まっていたら、アフィリエイトをする前に、外で働く時間を増やしていたと思います。

 

お金がなくて、仕事をいくつもかけ持ちしている人は、世間にたくさんいます。

 

私もアルバイトをかけ持ちしたり、てっとり早く何かお金になる仕事をすればよかったのです。実際、いくつか仕事に応募したこともあります。

 

そのあたりのことはメルマガ『シンデレラ物語』に書いています。

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投稿 2016/06/04

幸か不幸か、そう簡単には採用されませんでした。採用されるまで、がんばり続けられなかったのですが。

 

周囲に親類縁者が1人もおらず、子育ての応援を誰かに頼むことができないから、と言い訳をして、私はずっと1人で家で娘の世話をし、そのままずるずるといついてしまいました。

 

身も心も貧乏に慣れる

 

長年、我が家はシングルインカム。

 

あまり多くないシングルインカムです。

 

娘が生まれたとき、夫は失業中でした。アルバイトをしていたこともありましたが、ほとんど家にいました。

 

その頃は私の貯金で食いつないでいました。

 

夫は、お祖母さんから相続した小さな農場を持っています。

 

農場は別の市にあるので、夫は人に頼んで管理してもらっています。農場のビジネスは、入ってくるお金より、メンテナンスに出ていくお金のほうが多く、完全な赤字でした(これは今もそうです)。

 

毎月、毎月、生活費を削って我慢する日々。あまりに我慢していたので、いつしか、その我慢する生活が普通になりました。

 

失業中の夫と貧乏生活にすっかり慣れてしまったのです。

 

たとえば、我が家はめったに外食をしませんし、旅行にもいきません。

 

私はほとんど服を買わないのですが、とても自分の服を買うお金なんてなかったので、それが普通になったのです。

 

家にいるので、服なんて何でもいいのです。もともと、私はカジュアル志向なので、特に新しい服がほしいとも思いませんでした。

 

1980年代にフェリシモで買ったトップスを一昨年まで着ていました。

 

娘が小学校3年のとき、ようやく夫が就職し、定職につきました。

 

家賃は夫が払うようになったので、楽になったと思いきや、娘にお金がかかるようになりました。

 

娘は6歳からバレエを習っていて、このバレエ代がきつかったのです。

 

無力感と罪悪感にさいなまれる日々

 

最初は週に45分だったクラスが、年を経るごとにレッスン時間が増え、13歳でやめる直前は、週に6時間以上ありました。

 

月に3万円ほどバレエのレッスンに消えました。

 

3万円は私には大金。この3万円の支払いが、泣きたいほどきつかったのです。しかも出ていくのは3万円だけではありません。

 

子どもは成長するので、レオタードやバレエシューズを頻繁に買い替える必要があります。1足1000円近いタイツはすぐに破れます。

 

最後の2年はトウシューズをはくようになり、このトウシューズが1足軽く1万円はします。しかも1年も持ちません。シューズは消耗品ですから。

 

貧乏なのに、なぜこんなお金のかかることをやらせていたのかと、不思議に思うかもしれませんね。もともと娘にバレエを習わせるのは夫のアイデアです。学校も彼が探してきました。

 

娘をスクールにやるようになったら、思いのほか才能を発揮しました。娘は体がとても柔らかくバレエ向きです。

 

下手だったらさっさとやめさせるところですが、ストレッチのクラスでは、体の柔らかさで目立っていたし、踊りもまあまあうまい。

 

特に体力と筋力で他の子に勝っていました。

 

娘は勉強は苦手だったので、得意なバレエをやらせることで、娘のセルエスティームをあげたいと思いました。

 

私は成績はたいして重要視しておらず、それより、娘が何か得意なことで自信を持ってくれるといいと考えていました。子どものときに自信をつけることができれば、それは一生続き、宝になります。

 

本人が好きなこと、得意なこと、やりたがることは多少無理をしてもやらせました。

 

といっても、先立つものがなかったので、しっかりやらせたのはバレエだけ。

 

もしお金があれば、3歳のころやっていたサッカーも続けさせたかったところです。娘は足が早かったのです。

 

私はたくさんのことを娘にがまんさせなくてはなりませんでした。

 

自分に甲斐性がないばかりに、娘にがまんさせている…なんて母親なんだろう。

 

無力感と罪悪感でいっぱいのまま、月日が過ぎていきました。

 

「あと何年かすれば娘は高校入学。高校に入れば次は大学。授業料はどこから捻出すればいいんだろう?奨学金をもらえるような成績をとってくれるだろうか?」

 

こんなふうにうじうじ考えていたとき、アフィリエイトという在宅で稼ぐ手段に出会いました。

 

この続きはこちら⇒ブログの基本的な使い方がわからずアメブロで苦労する。

 

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投稿 2016/10/14